沖縄の文化と歴史について

琉球王朝時代(工芸・芸能)記事一覧

琉歌を詠んだ女流歌人 恩納なびーと吉屋ちるー

琉球王朝時代に謡われるようになった琉歌は8,8,8,6の音が特徴です。5,7,5,7,7の和歌とは対照的に偶数です。まれには、5音、7音も使われますが、基本形は8,8,8,6の30音で謡われます。■恩納なびーと吉屋ちるー琉球を代表する歌人は恩納なびーと吉屋ちるーの二人です。二人とも農民であり、吉屋ち...

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琉球漆器は貝摺り奉行が育成した

漆器とは漆(うるし)を木地に塗って仕上げる工芸品です。琉球には漆器の材料がそろっているうえ、気候と気温が漆の乾燥に適しているのです。琉球王朝は貝摺り奉行所を設置し琉球漆器を保護育成しました。■貝を摺る奉行?貝摺り(かいずり)とは字の通り貝を薄くなるまで摺って、さまざまな形に切り、漆器に張り付けるとい...

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三線(さんしん)は沖縄芸能の中心

三線の音は結婚式などの祝いの席で必ず聞かれます。お盆のころに行なわれるエイサーでは、三線奏者の音楽と歌に合わせて踊ります。小学校でも三線クラブがあるのが普通です。このように三線は沖縄の生活に溶け込んでいて、民謡酒場にいけば、いつでもプロ並みの三線と歌を聞くことができます。■三線は氏族の教養琉球王朝時...

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陶芸家を集めた琉球王朝

沖縄には壷屋焼き、読谷やちむんの里という陶器の生産地があります。 1600年代後期ごろ琉球王府が陶工たちを集め、官営で陶器を作らせました。それが壷屋です。現代になり、陶工たちは手狭になった壷屋から分かれて新たな窯をつくりました。それが読谷やちむんの里です。「やちむん」とは焼き物のことです。■陶器作り...

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屋根のシーサーは瓦職人のおまけ

赤瓦の屋根にシーサーが乗ってにらみを利かせているのは、沖縄の代表的風景のようです。実際にはコンクリートの平屋住宅が増え、どの家にもシーサーが乗っているわけではありませんが、沖縄県北部の名護市役所庁舎には56体のシーサーが乗っていて、いずれも個性的な表情をしています。■シーサーはおまけでしたシーサーは...

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石敢當と風水について

石敢當(いしがんとう)は沖縄で住宅街を歩くと民家の塀に見られます。よく見るとそこがT字路の突き当たりになっています。風水の考えによると、悪い気は直進する性質があるので、家の中に入ってこないよう食い止めるために、突き当たりに石敢當を設置します。悪い気は石敢當に当たると粉砕されるので、石敢當は魔よけなの...

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歌舞伎からヒント、琉球の歌劇組踊り

組踊りは中国から来流した使節をもてなすため、創作された歌劇です。せりふ、歌、楽器が使われ、衣装は最高級の生地が使用されました。1972年、組踊りは日本の重要無形文化財に指定されています。創作したのは、踊り奉行に任命された玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)です。■組踊りが生まれた背景1609年以降、島津...

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