沖縄の食品について

琉球王朝時代(食べ物)記事一覧

王朝菓子の代表格ちんすこう、元祖は3軒

ちんすこうは日中両国の料理を覚えた、琉球王家の包丁役が作り出した王朝菓子です。小麦粉にラード(豚の脂)、砂糖を加えて練り、焼き上げるので口当たりがよく、カロリーは高めで、日持ちもする高級菓子が誕生しました。■日中両国の関係から生まれた王朝菓子新垣家の一世は琉球王家に仕える包丁役つまり料理番でした。中...

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王朝菓子クンペンと庶民のタンナファクルー

クンペンは今では法事に使うお菓子ですが、琉球王朝時代は上流階級しか口にすることができない高級菓子でした。それに対し、タンナファクルーは初めから庶民にために作られたお菓子です。■クンペンクンペンは光餅や薫餅と書き、小麦粉と砂糖で衣を作り、卵黄、胡麻、落花生(ピーナツ)それに桔餅(きっぱん:みかんの皮の...

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ちゅらさんで知名度がアップ、サーターアンダギー

サーターアンダギーは小麦粉、卵、砂糖をまぜて生地を作り、油で揚げたお菓子。今ではお土産やさんの店頭で販売されるほどですが、結婚の結納のときにも出されるほど縁起ものでもあります。サーターは砂糖、アンダギーは揚げ菓子のこと。■中国に似たお菓子が中国には開口球という似たようなお菓子があるそうですから、中国...

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黒砂糖は専売制で庶民の口には入らなかった

黒砂糖は琉球王朝時代に専売性となり、王府は砂糖座という役所窓口を設けて徹底管理をおこないました。農民の口には入らなかったことでしょう。■黒砂糖は上納品黒砂糖は中国への献上品または交易品として進貢船に積み込みます。一方、1609年以後は薩摩藩に租税として収めなければなりませんでした。砂糖座の役人は収穫...

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紅いもは中国から密かに持ち込まれた

紅いもは、紅いもタルトなどのお菓子で知名度が上がり、沖縄土産の定番になりつつあります。この紅いもは、中国から密かに持ち込まれた苗から琉球全土に広がり、やがて薩摩へと伝播しました。それがサツマイモです。■命がけのイモの持ち出し琉球から中国に出かける進貢船に野国総官(のぐにそうかん:総官は役職名)が乗り...

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沖縄そば、そば粉が入ってないが「そば」と呼べます

沖縄そばの歴史は中国から伝わったのが始まり、と考えられています。琉球王朝時代には小麦粉は貴重だったため、王朝料理として作られるだけで庶民には程遠い存在でした。庶民の食べものになったのは、明治時代になってからです。初めて開業したのは宮崎県出身者でした。■元祖は宮崎県出身者明治35年に宮崎県出身の経営者...

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沖縄で採れない昆布、消費量は日本一でした

琉球の時代から、沖縄では昆布が採れません。昆布は寒い地方、東北から北海道で産するからです。それなのに、沖縄で昆布の消費量は日本で有数です。琉球王国が貿易国だったから昆布が流通したのです。■昆布の中継地、琉球琉球王国は、中国と朝貢貿易を行い、同時に日本や他のアジアの諸国と貿易し、中継貿易国でした。日本...

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